朝起きて、、空を見て!?行ってみよっか・・ 山本勘助ゆかりの地!
勘助ゆかりの地といえば、、言わずと知れた富士宮、、例によって、突如決行!・・ 行って来ましたよ〜
ここは、花倉城址〜方ノ上城〜朝日山城散策・・以来、身延や諏訪など、いずれは行かねば! と気になっていた場所?
で、、あらかじめ確保してあったガイドペーパーを頼りに・・早速散策を始めるって、歩きは苦手だから車のまま、お奨めの
コースを参考に、、
スタートはオッターくんを駐車した浅間大社南の
「富士山せせらぎ広場」大きな鳥居や、富士山の伏流水が流れる小川も
有る! なにより大きな無料駐車場があって、、富士宮へ来る時は何時もここ、、おなじみさんです(笑・・

まずは、名物富士宮やきそばで腹ごしらえ、付近の状況把握などと作戦を・・ 現在位置は左上「富士山せせらぎ広場」!
お勧めコースを、、歩く?・・ 歩くのは、ごめんだってばさ!
(ガイドペーパー表側)

ガイドペーパーには道が狭いから自動車は適さない!っとあるが、、ダメとは書いてない? 何とか歩かせたい? えーい!
車で行っちゃえー! ときにお目当ては?! 何処から行こうか〜・・
(ガイドペーパー裏側)

最初はここ、山本八幡宮!へって、迷ったけど案外簡単に行けた・・
あれ? 大々的なPRの割りには意外に小さいなー、、あれれ?裏はゲートボール場だよ、トホホ、、最初からちょっと拍子
抜け・・ もっとも、地元山本の名士とはいえ吉野家初代「貞倫」個人のが創建したという事で、大きさにかかわらず大変な
ものだ・・

誰も居ないので、間違えたかと? なんたって訪問者は我等だけ、オッターくんもまんま境内に踏み込めたりで、ラッキー?

今日の本命!「山本勘助誕生の地」吉野家に到着、そばに見学者専用駐車場があるので、ここに駐車してゆっくりと拝見
正面に瀟洒な長屋門、左手に勘助誕生の碑がある、右に回って裏手には池のある庭が、真裏は吉野本家の現在の住宅
になっている、、展示の資料によれば、当時の建物は焼失してしまったと言う・・

門前の坂の端にこんな碑が立っている、山本勘助の誕生の地であることのアピール? なぜか他にも宣言している地が
あるから・・

裏側が納屋代わりになった長屋門や前庭の池を含めて、じっくり見学出来る・・ 吉野家ゆかりの品々も多く、見ごたえが
あった・・
これが、その長屋門、あちこちで見るが、民家仕様??比較的小振りだ、ここの左手に「山本勘助誕生の碑」がある、

これが長屋門の脇にある、勘助誕生の碑です、裏に書いてある碑文が興味深い! 後の世の、、大正13年に建てられた
記念碑です、

碑文にはこんなことが記されている・・特に、、この地の地名が興味深い・・

続いて、近くの石積みの上にある吉野家の墓地へ、勘助の母親、安女のお墓を訪ねた、左の小さな墓碑がそれ、右には
解説碑が建立され、勘助の母親、安女のお墓であることが記されている。

お参りをして、次の勘助坂へ向かう、距離が2Km近くあるので、車に戻って・・ オッターを駆って、、急な登り坂!
うわー狭い〜。ってガイドペーパーに車不可って書いてあるじゃん、一旦降りて歩いて拙攻にに出る、ゼイゼイハーハー!
遠いよー!? でも通行人、ゼロだし、行っちゃえー、、オッターくん頼みで強行突破? たどり着いたのがここ、、勘助坂だ

ここまでも狭い道だったけど、勘助坂はなお狭い、それに急坂急カーブ、、当たり前だ、ほんとうは歩いて通る道だもん・・
でも、結局通り抜けた・・ ガイドとは向きが逆向きのようだ、降りたら山際の住宅地、もっと狭い道が続いて、冷や汗もの
それでも、、ようやく「石の宮橋」のたもとへ出た、、迷わず右折!!

ここも狭くて急坂で、すごい道でした、こりゃ通行注意どころか不可っといいたげで、軽四仕様の茶畑農道・・慣れてるはず
ですが少々難儀しました、、
で、本日の最終目的地は、ここ・・ ここにある木像が見たくて登って来ました、、山門は平成12年新築とあってピカピカで
新しい事、、

早速、住職殿にお願いして、木像を見せていただく事に、玄関から本堂に上げて頂いて・・ 向こう正面がその本堂です、

これがその木像、左が「父・貞幸」右が「母・安女」の木像だそうです・・ 参考までに木像前の記述を原文の通り転記する
:山本勘助の両親の像として伝えられているこの木像は、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって廃寺となった石ノ
宮の宋持院から檀徒の依頼により、代信寺に移されたものである。山本勘助の木像である、祖父・貞久の木像である、
または、両親(父・貞幸、母・安女)の木像であるとする説があり、それぞれ見方が異なっているため断定は出来ないが、
二体あるところから考えると、勘助や祖父・貞久と見るより、両親と見るほうが自然なのかもしれない。なお作られた年代、
作者ともに不明である。と、以上は原文の通り、

そう、、山本勘助の両親の像とされる木像です、が、上記の通り諸説があって定かでは無い1面もありますが、ここでは
”山本勘助の両親の像”と聞きます・・ 秘仏ゆえ、当然住職殿に撮影の許可を頂きました!
とここまでで、今日のにわか散策はおしまいですが、代信寺を後に、帰途についたとたんに現地が勝手知ったる、岩本山
公園の入り口付近だった事に驚きました? なんだ、こっちから来ればよかった、、は後の祭り・・ いやー!!久しぶりに
歴史散策を堪能させて頂きました。。
- 2007/06/20(水) 17:09:19|
- 歴史散策
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| コメント:2
いまやここも全国区、焼きそばとつるんでしっかりと売込みですね、、とは云え、なかなかの見所でしたよ・・
見ておいても損はないです?
しかし、まだ山梨方面へは、、行ってませんが・・ 時間の問題かな〜 うっ真田、六文銭・・ そうですよねー!
- 2007/06/20(水) 20:47:58 |
- URL |
- TAKA #mQop/nM.
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今をときめく山本勘助生誕の地ですね。
武田24将にはいっていますが、以前は歴史学者からは実在が危ぶまれた武将です。
今は、実在したとことが定説になっていると思います。
この時代は、魅力的な武将が多いので楽しめます。
真田氏もドラマにならないかな?
- 2007/06/20(水) 18:00:24 |
- URL |
- Dora #-
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