:地元の花倉城!がNHKの大河ドラマ風林火山に「花倉の乱」で登場した事がきっかけで、時ならぬ地元史跡の見直し
など、いつもの、、「突発性にわか散策症候群」?が発症してしまった・・
以来「花倉の乱」がらみ、せっせと散策を続けて、あらかたのポイントは散策出来たが、、まだ訪ねていない場所がある・・
そう!・・ 花倉の乱で家督騒動に敗れた当の「玄光恵探」(良真)の墓碑である・・ いずこに?
梅岳承芳勢に追われた玄光恵探(良真)は、花倉城外へ脱出して敗走の後に瀬戸谷の普門寺に入って自刃したとされる
放映時の案内画面には石碑が写っていたのだが、位置の案内はなく場所がわからなかった、、あわせて側室の子として
生まれ、早くに出家して花倉「遍照光寺」の住持となっていたと云う事で、そのゆかりの現「徧照寺」の画像が流れたので
てっきり現「徧照寺」が菩提寺だと思っていたが 訪れてみて、、ここではない事が分ったので、引き続いて探査していた・・
その後の探索でようやく発見する事が出来た! 藤枝市瀬戸谷
「藤枝市立・藤の瀬会館」の先約300m、何のことはない
何時も山行きで通っていた瀬戸谷の県道32号腺脇の小山の上に祀られていた、さっそくおまいりし、心静かに対面を果
たす事が出来た! しかし20歳の若さで自刃とは・・「普門寺」を再興した住職により寛永8年(1631)に建てられたという
それにしてもなんとも小さな石碑、およそ名のある方の墓標とは思えない、質素と言うより貧祖な墓標、今川一族は元より
その家臣でさえ宝篋印塔や五輪搭を建てて供養されているのに、、なんともおいたわしい・・

ゆかりの文言が刻まれているが石の表面が朽ちて、読み取りはかなり困難、なにか方法があるのだろうとは思うのだが
すでに解読済かな? 左端に「*今遍照光*」!と読める文字がある? 時の「遍照光寺」現「徧照寺」に通じる文言か?
それに上の方に刻まれた「○」も気にかかる? 今川家の家紋は「丸に二つ引両」だから何か関係があるのかな?・・
よほど風化が激しかったと見えて表面は樹脂セメント?で平に補修してある、もちろん文字は掘り込みに倣っていますが
不明な部分は平に補修されて、、全く読めなくなってしまったのは残念、もう少し努力して復元して欲しかったと思うが・・

傍らにこんな表示がある、後の戦没者の公霊搭が同居している、今川良真菩提と記されている、良真の石碑である事は
間違いないと思われますが、なんとんたる冷遇!・・ 時の世では当然のことなのかも・・

急いで逆順に紹介したので最初へ戻って、少し離れて回りをみまわすとこんな環境です、石碑は単独ではなく、こんな風
に戦没者の公霊搭と同居した格好になっている、ここは良真が自刃した場所、、それに?時代の差がなんとも大きくて・・
なにかとても妙な感じがするが、、

管理上やむ得ないと思うが、なぜに菩提寺の普門寺が引き取らないのか? 素人考えだがなんとも不思議な気もするが

もう少し離れると・・ こんな風な、小祠と云うかこんもりと樹木に囲まれた高台になっている、玄光恵探は敗走の後に瀬戸
谷の「普門寺」に入って自刃したとされるが、実はこの小山がその場所とされている、しかし 「普門寺」とはかなり離れて
いてその昔ここが普門庵の境内だったとは考えに難く、、いささか不可解だが・・

実はここにたどり着く前に、玄光恵探が逃げ込んだとされる
「高山寺」を探し当てて住職どのに良真の菩提寺の「普門寺」
とこの石碑の場所を教わった・・ もっとも事前調査で現地の地図も持っていたので案外すんなりとたどり着けました、
その「高山寺」城外脱出後に逃げ込んだのがこのお寺だそうです、しかし、追っ手が火を放ったため 更に敗走して、先の
瀬戸谷のあの地で自刃して果てた云う・・
かっては七堂伽藍を擁した大きなお寺であったが、この時の出火が元で焼失し、現在は何処にでもあるローカルなお寺!

こちらが本堂、かっての大寺の面影はなく、古の栄枯盛衰など、みじんも感じられない、平成の現在はごく普通の地元の
寺さん? の感が強い・・

興味深い由緒縁起はこちら!(これが見たくて来た)花倉城を追われた玄光恵探が逃げ込んだいきさつが記述されている

それにしても、かって七堂伽藍を擁した大寺も、この事件で全てを焼失する破目になってしまったという・・ 後述するあの
「普門寺」も当時は「普門庵」としてこの寺の末寺の一つであったという、、
以後23年間も再建を待つ事に・・ しかし元の大寺への復活はなされなかった 時に戦国の世の倣い? 世が世とはいえ
なんとも因果なお話しではありませんか!
ここが良真の菩提寺「普門寺」です、県道32号腺に面したここが「入口になっていて、先の急な山腹に、しがみ付く様に
建てられている、、この県道はいつもの山行きで何度も通っていた道路なのだけれど・・
最近まで「普門寺」自体のいわれを知らなかった為に、何時も通り過ぎていた「今川良真菩提寺」って書いてあるじゃん!

ここが普門寺の門前、かなり急な登り石段が続いている、左手の狭い登りを車のままで上がったら、やっ!きつかった!

案外瀟洒なお寺さんである、当の今川良真(玄光恵探)の菩提寺になっているが、境内にはそれらしい表示も碑の類も何
もなかった・・ 住職どのにお話が聞ければ何か分るとおもったが、ちょうど法事の最中だったので遠慮し退散した。

「玄光恵探」の墓碑?石碑にもめぐり合えて、歴史散策!第一波はどうやらひと段落した様に思うが、何か忘れっぽいな?
- 2007/02/11(日) 17:53:47|
- 歴史散策
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| コメント:4
:Doraさましばらくです、
PC新調とは、うらやましい・・うちはXPのままいきます、でもWinに逆らってリナックスへ飛ぶかもしれません?以前に比べて上ものも完備しているようです、、
甲斐はもとより川中島まで行っちゃいそうな勢いです、恵林寺は是非行きたい! しょうがないな突発性症候群?こいつときたら、、発症したら止んないから、、カメラ放り出して走り出す・・ではない!
仰せの通り、ご近所見直しにはいい機会になっています、、次の狙いは?? お楽しみに・・
- 2007/02/13(火) 23:26:18 |
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ゆっくり拝見しました。
風林火山は、甲斐の武田ですが、今川家とは、切り離せないので、今のところ、駿河の国のことが多いのかなと、思っています。
やはり、TVの影響は、大きいですね。
放映の最後に、ゆかりの場所を紹介してますが、やはり行ってみたいと思いますので、、
地元の人にとっては、再発見があるので、楽しみですね。
当地は、江戸時代になってから開けていますので、大河ドラマにはならないです。
お正月に、武田信玄の菩提寺(恵林寺)に行っただけです。
今後は、甲斐まで追っかけますか??
- 2007/02/13(火) 13:34:35 |
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- Dora #-
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:ナベショーさま
見つけました! なんか芋ズル式ですが、発端は高山寺・・ 石碑の正確な位置は、藤の瀬会館の朝市で農家の方に教わったり?・・
入口は県道との角に今風の茶色の2階建て民家があり、左へ50m程入ります!奥に小山も見えますので直ぐ分ります、是非いらしてみて下さい!逃亡ルートは・・仰せの通りですね。
お天気が良かったのでこの後、市民の森からびく石山頂まで駆け上がってしまった、もちろん車のまま?素晴しい眺望でした!でも見事に花粉症が・・
- 2007/02/12(月) 09:23:48 |
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- TAKA #mQop/nM.
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玄広恵探の墓、、、ここでしたか!
よくぞ探されました。
近々、私も行ってみます。
瀬戸の谷会館近くなら、よく通るところです。
花倉城から烏帽子形山伝いに瀬戸の谷へ逃れたのでしょうね。
ありがとうございます。
鬼岩寺についてもよくお調べになりましたね!
- 2007/02/11(日) 23:24:30 |
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- ナベショー #-
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