TAKAの撮り撮り日紀

銀塩写真機とデジ一眼レフを背負って、史跡スポットなど見て歩き!最近はミニバンを駆って.. 遠乗り&車中泊などと.. にわか旅人もどき?

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大河ドラマの地を訪ねて(3)

:藤枝市民なら知らない人は居ない!と言われる奇妙な名前のお寺がある・・ 真言宗:鬼岩寺と言う!
正面を入ると中央に広場があり、これを囲むように綺麗に整備され広々した境内に、正面に不動堂が、左手に弘法大師
を祀る祖師堂(大師堂)や、、
鬼岩寺正面

水子不動、黒犬神社等が並んでいます、右手は新しい観音堂(本堂)があります あまり見たことのない変わった配置の
ような気がしますが・・ 広々として何か開放感いっぱいの雰囲気です、
鬼岩寺左面

右手は今風の・・ こちらは新しい観音堂(本堂)です、本来のお寺さんの機能、実務はこちらに集中しているようです、
鬼岩寺本堂

さて、有名なここの名物は地元の民話に登場するこの「鬼かき石」!です、その昔この辺りに住んで住民に悪さをしていた
鬼を、弘法大師が通りかかって岩に閉じ込めてしまったという、、
奇岩3

近寄って・・ その鬼が爪を砥いだと云うのがこの「奇岩」?なのだが、他説では玉を研いだ石であるとも言われる。
奇岩1

例に依って、このあたりのいわれを書いた案内板が建てられているので詳細はこちらで・・
奇岩2

さて、なぜにここを訪ねたか?? 実は今日のお目当ては・・入り口左手に集められた、このおびただしい石塔群なのです
どうですこれ、1600点以上も出土したとあって、筆者もびっくりしてしまいました、何ゆえこんなにまとまっていたのか?
理整然と林立した姿を想像すると・・ いやーすごい事です、、
五輪搭4

中でも銘が刻まれた4点の大きな石塔が在ります、問題の石塔はこの中に在りますが、、さて何を語ってくれたか?・・
五輪搭1

左から2番目の宝篋印塔(ほうきょういんとう)をご覧下さい、「宝篋印塔」永徳元年(1381)・・なんと「矢部隼人佑」名が
刻まれているではありませんか! 花倉城跡の案内板の記述を思い出してください、
城を中心に付近の平地に家臣団の屋敷があって:大楊:松井:矢部」:新野:左近など・・小字名として残っている、とある

この地で「矢部隼人佑」と云えば・・ 誰あろうあの「駿河今川氏の重臣」であった事は明白、となると当時の鬼岩寺は今川
氏の庇護の下にあったと推定できるという。 もちろん、、これは筆者の 勝手な想像ではありませんぞ?!
五輪搭2

傍らの説明板がお目当て?いや五輪搭や宝篋印塔は良く見るが、その構造や意味は良く解らず、先日訪ねた長慶寺に
五輪搭の意味を記した案内板があった、、しかしこの説明の方がずっと詳しいので・・ しかと頭に滑り込ませたが、、
五輪搭3

以上の通り、一見、風林火山とはほとんど無関係と思いきや!実はここの石搭の主は駿河今川ゆかりの人物であった?
というわけで、あながち無関係ではなさそうだ? もとよりこの辺りのお寺は何らかの形で、この地だけでも60余年続いた
駿河今川氏の御世とのつながりがあっても不思議ではあるまい・・ むしろ自然な事ではないだろうか? 他にもありそう?
  1. 2007/02/10(土) 18:11:55|
  2. 歴史散策
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