TAKAの撮り撮り日紀

 いにしえのお気に入り写真機と新世代のデジ一眼を背負って、ご近所の史跡スポットなど気ままに見て歩き!

旧東海道(9)日坂

:間の宿-菊川の先は・・ 小夜の中山峠を越えて、お茶畑の中をのんびりと、街道を西へ歩いてみた、、

旧東海道、菊川の里を出るとすぐに急な登りに差し掛かる・・ 「青木坂」から小高い里山に登って、お茶畑の中をすすむ、
途中にはあの夜鳴き石で知られ、またNHKの大河ドラマ「功名が辻」にも大阪から会津の上杉攻めに向かう徳川家康を
境内に設けた茶亭で迎える山内一豊の場面で登場する? とか・・にわかに有名?になった「久延寺」がある、
久延寺1

その久延寺、門前です・・ 寂びたたたずまいが味わい深く! 右手の方には、こんな説明が掲げられていました、、
久延寺2

境内に、家康をもてなしたと言う茶亭跡の碑と、、 もちろんあの有名な夜鳴き石があります・・ 
久延寺3

これがその夜鳴き石!! 意外に小さい石ですよ、、もっと大きな岩かと思いましたか? 実は夜鳴き石・・ 他にもあるの
です・・! 伝説は1つですが、それぞれ事情が? いったいどれが本物でしょうね?
夜鳴き石2

その先には元祖「子育飴」の扇屋さんも健在・・ ありゃりゃ今日はお休みで? (どうやら日曜日だけ開店?のようです)
子育飴2

子育飴の由来など、、地元なのにこれ知りませんでした、、なんせ初めての訪問で・・
子育飴1

その先は最近整備された小夜の中山公園など、なかなか見所が続く、、中山公園は立ち寄ったが、残念ながらコンセプト
が判らず、、あまり見所がなかった、、
街道標識

更にお茶畑の中を進むと・・ 急に道幅が狭くなって”車”進入禁止に!その上、急勾配の坂を下って再び平地へ、、国1
バイパスをくぐると、程なく日坂宿へ着きます、

:なお我がオッター君、道幅不足と下りの急勾配!恐怖でギブアップ!泣く泣く引き返した・・ 悔しいから平地側から回り
込んでリベンジを試みたら・・ むっむっ!  あえなく返り討ちに! なんたって勾配は40度近い! 更に恐怖のVターン!
大抵の難所はクリヤー出来たオッター君もここの街道は走破不可!・・完敗です! バック退散でスリップしてずり落ちる
し、とんだ冷や汗もんだった! くわばらくわばら・・

日坂宿には立派な門構の本陣(扇屋)のほか数件の旅籠だった建物が健在で、少しだけ、昔の面影を残しています、、
日坂宿本陣2

門構えの脇へ回って、案内板をしっかり見ると、ここ日坂宿のもろもろの説明があります、 日坂の駅! 意味が判らない?
日坂宿本陣1

本陣の屋号は扇屋さん! あれ?中山峠の飴屋さんと同じだ? スタンプ台なんかもあって、、なかなかメジャー!
日坂宿本陣5

惜しいかな今はなき、本陣の間取図です、220坪とはずいぶん広い作り?だった事がうかがえます・・
日坂宿本陣4

日坂宿の街道には数件の元旅籠のたたずまいも残っていてなかなか風情があった、、うっかり見とれて写真撮るのを忘れ
てしまった(再訪は必定か?)

という事で、今回の「間の宿、菊川」からの街道散策はここまで、、せっかくだからこの奥の銘茶掛川のお茶の里から大好
きな!? 林道経由で粟ヶ岳(あわがたけ)に登って、、 山奥の倉見温泉まで行ってみる事にする・・

10Kmばかり走って、途中をはしょって、、いきなり山頂っと! 標高は532mと大して高くはないが、、春先の桜の名勝
です、梅雨の晴れまとあってさすがに眺望はいまいち、
粟岳山頂

ここを訪れるのはかれこれ10年ぶりかな? なんと頂上にお茶屋さんが出来ていた、、これ幸いと・・ 冷やし山菜そばを
頂いてゆるりと一服させていただいた・・ これは山頂付近の案内図!来た道が出ている・・
粟岳山頂絵図

実はここ粟ヶ岳(あわがたけ)山頂には古くから「阿波々(あわわ)神社」があるのですが、、 久しぶりに訪ねたら・・
阿波々神社

何たることか、、境内をNTTの中継局やTVサテライト局のアンテナ鉄塔で埋め尽くされて、ひどいことになっていた、、
阿波々神社ANT

帰りの道は往路でなく、林道を北へ走って「県道81号」経由で「倉見温泉」へ向かった・・ やたら暑かったから 一温泉?
浴びて帰ろうかと、、 実はここ、知る人ぞ知る!案外近い秘境の温泉とか?
倉見温泉案内

という事で、今回の旧東海道散策&おまけの温泉探索をおしまいにいたします、、日坂の街並みほか、、写真を撮り忘れ
たところは、近々リベンジ追加していきます・・


  1. 2006/07/27(木) 12:00:00|
  2. 旧東海道
  3. | コメント:2
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コメント

ありがとうございます。

:はい!思い出したように、ふらりと、、1年ぶりになっちゃいました!
でも街道歩きって、、やっぱりいいですね、歴史散策!って程でもないですが
なんか気分が落ち着きますよね、案外近所なので助かります、、
そうなんですよ、、「間の宿」って、そう言う意味だったんだー! 初めて知りました・・

さすがにこの暑さは和らぎませんが、、ちょいちょいと訪ねてみようと思います。
他の街道へも足を伸ばしたいところです、、そのうち、中仙道あたり?行って見たいなーとか・・
  1. 2006/07/31(月) 20:20:54 |
  2. URL |
  3. TAKA #mQop/nM.
  4. [ 編集]

間の宿

東海道シリーズは久しぶりですね。
間の宿の意味がよく分かりました。
やはり、歴史の重みのようなものを感じます。
日本武尊の時代からあるものとは、比較できないです。

日光街道は、紹介できるようなものがなくて、、
奥州街道は昔は柏(千葉県)の方を通っていましたし、日光街道は、江戸時代以降できた道ですので、、
将軍家は、直ぐに御成街道を使うようになったし、
松尾芭蕉ぐらいかな??
  1. 2006/07/30(日) 23:59:05 |
  2. URL |
  3. Dora #-
  4. [ 編集]

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